強首温泉日記 樅峰苑の日々
強首温泉 樅峰苑での出来事などを発信していきます

FC2カウンター



プロフィール

じえモン

Author:じえモン
じえモンです
皆様どうぞよろしく
お願いします



最新記事



最新コメント



最新トラックバック



月別アーカイブ



カテゴリ



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


大正6年竣工の庄屋屋敷

ブログ更新です。
お待たせ致しました。

先ず、始めに今日は3月11日です。今日の3年前日本を震撼させた災害があった日です。

わたくしことジエもんも3年前の今日は福島県にいました。
当時のことを思うと今でも非常に心が痛みます。今でも鮮明に覚えております。
確実に言えることは、もうあのような経験はしたくありません。

この場を借りて震災で命を落とされた方たちのご冥福を謹んでお祈り申し上げます。




さて、今回は樅峰苑(旧小山田家邸宅)をちらっとご紹介したいと思います。
先にこのようなことをやれば良かったのでしょうが、ブログ開設1年目にしてようやくと
いったところですね。

先ずはここ樅峰苑は以前は庄屋という役を任されていた小山田家の「住宅」だったものです。
いまでこそ温泉旅館を営んでおりますが、以前は人が住む住居だったものです。

大正6年竣工外観old[1]


これが大正6年竣工当時の実際の写真のものです。
今から97年前には既に写真を撮るカメラの技術があるってのが驚きです(@_@;)

屋根は当時はこば屋根だったそうです。
こば屋根とは杉の板を何枚も組み合わせて造る屋根だそうで、かやぶきの屋根よりも質も格も良いものだそうです。

また、屋根の上部にある三角形の形をした造りを千鳥破風(ちどりはふ)といいます。
手前の玄関の屋根は丸みを帯びていますが、この形をむくり破風といい、武士の家にはよくある形の屋根です。
秋田県仙北市に角館というところがありますが、そこの武家屋敷通りに行くとむくり破風になっている
屋敷が良くみられます。

この手前の玄関は当時は家族が使用する玄関として機能していたそうです。

少し見にくいですが、奧にもう一つ玄関があり、こちらが来賓専用の表玄関として使ったいた玄関です。
千鳥破風の下には唐破風(からはふ)がついており、より重厚な造りとなっています。

外観

こちらが現在です。屋根は葺き替えてしまいましたが、そのまま同じ造りのまま現在に至ります。
それにしても画像の大きさが違いすぎる…

お次は内部です。
まずは奥の表玄関から入った所の廊下です。

秋田杉 16,3m廊下S00052_03[1]

左側に見える板が玄関です。

この長い廊下。16,3mの長さがあります。
そしてこの廊下の板は天然の秋田杉を使っていますが、実は1枚通しになっており、継ぎ目がありません。
樹齢400年近くの杉の木の板を宮大工がすべて手でカンナをかけて手がけたといわれております。

またこの廊下は、廊下としての機能はありますが、本来は「縁側」として作られています。
上の画像を見ますと、先ず玄関をくぐると土間があります。土間があって縁側に上がる前に一段段差
を設けておりますが、これを「上がり段」といいます。そして縁側があり、障子があるところがお座敷
となっております。

この作りは日本の伝統的建築の1つなんだそうですが、お座敷までに行くプロセスが非常に丁寧に
作られているということです。
他では土間はあっても上がり段がなかったり、玄関の次が縁側だったりと作りはそのくらいが一般的
だそうです。

この廊下は大工さんに言わせると、平らにカンナをかけるのは至難の業だそうです。
今でこそ製材機械があるので苦労はないようですが、当時はそのような機械はまるでなかった
ので全てが手作り手作業であるのです。

この長い廊下を歩いて行くと2回に上がる階段があります。
こちらです。

鹿鳴館階段S00052_05[1]

こちらが2階へ上がる階段です。
一変して洋風なモダンな感じになりましたが、ここも築97年の所です。

材質は欅(けやき)です。

この階段の部分は鹿鳴館(ろくめいかん)を意識して作ったと言われています。
非常にオシャレな空間でもあります。

階段の手すりから下の部分が丸くコロコロしていますが、この細工は轆轤細工(ろくろざいく)と言います。
もちろん全て宮大工さんの手作りの傑作です。

大正時代というのはこのようなルネサンス調の建築技術の高度成長期とも言われる時代で、
ここにもその技術を取り入れられています。

階段天井tenzyo[1]

画像小さいです。すみません(汗)
こちらは階段部の天井です。

こちらも見にくいですが、良く見ると天井が船底のような形になっています。
これを織り上げ天井といい、これは伝統日本建築の1つです。

なのでこの階段の空間は和洋折衷で作っています。


今更ですが、このような屋敷が当時は人が住む住居として建てられているというのが凄いを
通り越して呆れてしまうほどです。

ちなみに全ての建築に使われている材木は自分の持ち山から調達していたと言われています。


今回はここまで。次回は奥座敷の床の間あたりを紹介したいと思います。


最後にありますが、STの佐々木さん。また画像を勝手に使わせていただきました。
いつもご迷惑をおかけしておりますが、何卒ご容赦を!!

またなるべく早く更新致します。

今日は時間がないのでまた次回不定期更新時までごきげんよう(^_^)/~







スポンサーサイト

豪雪にも負けない庄屋屋敷

皆様、お久しぶりです。じえモンです。
1月の3連休も終わり、今週は大分落ち着きを見せてはおりましたが、降雪量が半端ではありません!!
常に除雪除雪除雪…秋田県内はどこもかしこも大雪です。お陰で飛行機や新幹線は遅延運休は当たり前。
高速も一部通行止め。一般道は除雪が間に合わず幅が異常に狭い。我が家に関わらず、殆んどの人が
屋根の雪おろし作業に追われていました。

ようやく雪かきも一段落しつつありますが、肩や腰、腕がパンパンです。いつでも温泉に入れる分、
他の人よりはマシかもしれませんが(笑)

大仙市も大雪ですが、横手市、湯沢市はもっと過酷な状況のようです。今年は去年よりも多いのではと
囁かれています。


さて、最近のじえモンですが、1月14日に秋田県旅館ホテル生活衛生同業組合青年部に入部致しました!
長たらしい名前の組合ですが、通称「旅館組合」ですね。そこの青年部です。

前々から青年部のお誘いがあって、この度正式に入部させていただき、研修もかねて会議に参加しました。
いや、いくつになっても自己紹介とは緊張するものですね。青年部と言っても私のような20代の人間
なんていやしません。皆さんそれなりに成熟されている方々ばかりです。

「青年部」なので年齢制限はありますが、まず20代なんてじえモン一人です。私が入ったことで変化
があるとすれば、部員が増えて平均年齢が下がったくらいです(~_~;)
でも諸先輩方を見習ってこれからも勉強させていただきます!!



ようやく本題に入りますが、今回は雪を纏った樅峰苑をご紹介致します。
画像もいくつか載せますよ♪
先ずはこちら↓↓↓


外観 夜 雪

正面玄関です。
入母屋造りで千鳥破風、唐破風といった重厚な佇まいを醸し出している玄関です。それに雪が加わると
なんとも厳かな雰囲気があります。97年もの間、このように風雪に耐え忍んできたと思うと万感の思いですね。
そして相変わらず画像大きいです。スイマセン…あしからず。。。




外観 雪


別アングルから。
夜と昼では全く雰囲気が違います。夜の方がより重厚さが感じられます。そして特に冬の時期が
雰囲気が出ます。




冬 外


降雪後の写真です。
綺麗です。ただし、その分雪が積もってますので除雪中です。夜10時回ってます。
起きたら雪かき。寝るまで雪かき。



雪見大樹RIMG2246

お次は露天風呂です。湯気が立ち込めていて画質は良くありませんが、冬ならではのモクモク感があって
個人的には好きです。
朝、清掃前の写真です。毎日朝にお湯を抜いて掃除しています。





雪見こもれびRIMG3156

もう一つの露天風呂です。丸型と四角型の2種あります。
露天風呂は宿泊客専用の時間予約制の貸切風呂として利用いただいております。
泉質は同じ源泉ですので変わりません。

今回はこの5点です。また良さそうなのがあれば写真撮って載せたいと思います。
また次回不定期更新していきます。かれかもどーぞ宜しくです。
リクエストも受付してますので気軽にコメントして下さい。




宿の紹介第2弾・旅館の建物編

更新が大変遅くなりましたが、次回予告通り、今回はタイトル通り、旅館の建物についてご紹介したいと思います。


先ずは建物の外観です!!
gaikan

神社やお寺のような建物ですが、社寺建築(お寺さんのような造り)を基礎にしている建物ですが、本当に温泉旅館です!
もともと先祖が実際に住んでいた住居をそのまま温泉旅館として使っています。
昔は庄屋という役も任されていたことや、佐竹さんの本陣も務めたことがあり、とても重厚な雰囲気が漂っています。

大正6年竣工で現在96年の木造二階建ての建物です。
棟梁は井上喜代松さんという方で、小山田家お抱え宮大工たちが3年の歳月をかけて建てたと言われています。

伝統的な日本建築の要素が非常に色濃く、平成11年には建物一棟が国指定の「登録有形文化財」にも指定していただきました。


少し話がそれますが、基本的に「温泉旅館」という建物は温泉が湧いている所に建てるのが基本ですが、ここの場合は全く逆で、昔からあったこの建物の比較的近くに温泉が出たという背景があります。
以前はの強首温泉郷というところからお湯を引湯して営業をしておりました。

そもそも強首温泉の始まりが、当時の帝国石油さんが油田の試掘した際に、油も天然ガスも出ず、最も比重の重い温泉がでたのが始まりと言われています。



今回は比較的短くまとめましたが、まだまだたくさんいろいろありますのでまたの機会にしっかりお伝えしたいと思います。
今のうちにあまり書くとあとでネタに困りそうなので(汗)というか書き出したら多分とまらない…




次回は第3弾で強首の料理や食材についてお送りしたいと思います。
大仙市強首の食文化もまた独特の地域性を生かした料理がとても多いです。

それでは今回はこれにて。

最後まで読んで下さった方に感謝っっっ!!





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。